あいあむあいえむ

幸せになりたい。

『ガラスの花と壊す世界』を見た話

 

ガラスの花と壊す世界

ガラスの花と壊す世界

 

 

Amazon prime videoに『ガラスの花と壊す世界』が追加されたから見た。適当に一言で言えば人工知能の女の子3人が色々する映画だ。とりあえずこの映画の良かった点を挙げよう。

・キャラが可愛い

・映像が綺麗

・センダンライフがエモい


【ガラスの花と壊す世界】イメージソング「センダンライフ」【試聴PV】

Amazonのプライム会員なら無料で見られるから気になったら見てみてほしい。見て損はない映画だと自分では思っているので、ここから先は見た人向けの話をしていこうと思う。映画自体は60分で終わるからあんまり長くないよ。

 

さて、自分がこの映画を初めて見たのは3年ほど前だったと思う。オタクと映画館に行ってこの映画を見て、劇場を出て2人で「意味がわからなかった」って言い合ってた記憶がある。それくらい訳の分からない映画だった。はっきり言ってしまえばこれは面白い映画ではないと思う。

 

この映画のダメな点を書いていこう。まず、全体的に分かりにくい。最初から難しい単語がたくさん出てくるのに合わせて理解のできない映像がしばらく流れる。この時点で視聴を断念したくなるかもしれない。個人的に序盤の1/3ほどは本当に面白くない。

そして次に展開が割と唐突だ。これは60分という尺の問題かもしれない。45分ならもう少し簡潔にまとめられたかもしれないし、90分ならもう少し丁寧にまとめられたかもしれない。とにかく話の動きが突然すぎるように思う。

最後に、やっぱり分かりにくい。難しい世界観と雑なストーリーの相乗効果で、理解しにくいというか理解させる気がないのではと言いたくなる。最初に見た時はこの60分で何がしたかったんだよとツッコミたくなった。

 

とまあダメな点を書いてみると「話が分かりにくい」という点に集約されるのだが、実際のところこの映画のストーリーはすごくシンプルで「人工知能の女の子2人が、別の人工知能の女の子と出会い、感情を手に入れていく話」といった感じだろうか。割とよくあるテーマなのによく分からなかったってコメントが多いのは上で書いたようなことが原因なんだと思う。細かいことは気にせず、飛ばし飛ばしで見るくらいがちょうどいいのではないだろうか。自分はこの映画を見て頭を抱え、なぜかBDを買い(特典のCDが欲しかった)、もう一回ダラダラ見てみたらあっさり話が入ってきた。そんなわけで「面白い映画ではない」と書いたわけだ。映画館で見るのには向いてないのだ。

 

長々と書いてきたが、自分はこの作品が好きだ。キャラは可愛い、映像は綺麗、音楽も良い。中盤の旅のシーンは最高だと思う。作品のテーマや世界観も好みだ。これまで大した数の作品に触れてきたわけではないが、自分に綺麗に刺さった作品で、ついでに刺さる人には刺さるんじゃないかなぁと勝手に思っている。ここまで読んでくれた人にも刺さっていたら嬉しい。

 

感想文を書き慣れていないのでダラダラと書いてしまったが、要するにエモいと言いたかった。また他の作品についても書きたいと思っているが次書くなら夏アニメについてになるだろうか。ヤマノススメとはねバドの話は少ししたい。お楽しみに。

 

 

うんち(9/11)

今 午前2時15分、みたいな歌い出しの曲をご存知だろうか。現在2時15分、今日もうんちをお届けするぜ。ちなみに冒頭の歌詞は「今午前3時32分」なので気になる人は調べてみてほしい。

 

今日は昼のちょっとした用事を片付けてからオタクと遊んでいた。オタクと遊んでいたというよりギャンブル中毒ボーイとギャンブルに興じていたという方が正確な気がする。めちゃくちゃ久しぶりにトイレ屋さん…ではなくパチ屋に行ったのだが、久しぶりにクソピエロくんに会ったらお小遣いをくれたのでお前は田舎のおばあちゃんかって1人で笑ってた。少しヘラヘラ笑ってから親にも親戚にも合わせる顔がないなって心の中で泣いてしまった。ちなみにもらったお小遣いはアニメの女の子しか出てこない台に消えてしまい大変嫌な気持ちになった。

 

ここ数年、意図的に会うのを避けている人たちが大勢いる。昔のまだかろうじて世間体を保てていた自分を知っている人に会いたくないと思っている。その人たちに次会った時、自分は何を話せばいいんだろうとそんなことを考えている。1年以上会っていない母親、子供の頃からよくしてくれた親戚、4年以上一方的に連絡を無視している高校の友達。正直最後のは半分どうでもいいのであまり気にしていないが前二つは避け続けることは出来ないだろう。どうしたものか。

 

高校の友達について「どうでもいい」と書いたのは少し言いすぎた気がしないでもないが、期限付きの関係なんてそんなものだと皆内心思っているだろう。とずっと考えているのだが実際のところ皆はどう思っているのかというのは少し気になる。高校卒業してもズッ友だよ、なんて本気で思える人がいるならばそれは本当に羨ましいなと思う。

 

ところで記事の締め方が未だによくわからない。肛門括約筋くらい気軽に締められたらいいのにと思う。以上。

うんち(9/5)

文章を書くのは難しいなぁといつも思いながらこのうんちを書いている。難しいと感じる理由はいくつもあるのだが、その理由の1つは使う言葉を選ぶ難しさだ。例えば同じものについて書く場合「うんち」と書くのと「うんこ」と書くのとでは表現として別のものに感じるはずだ。「うんち」と「ウンチ」でもそう。僕は自分の書きたいことを100%書くのではなく60%くらいしか書かないことが多いのだが、30%しか伝わらなかったり-60%の内容と受け取られても困る。何気に気を遣って書いているのだ。

 

さて、昨日のうんちでは書きたいことが意外と多かったりする的なことを書いたのだが前述したことはその1つだ。他にもいくつも書きたいことはあるがネタ切れになっても困るので温存しておこうと思う。そんなわけで今日は文章を書くことについて書く。幸いこのブログは「クソみたいなブログ(ダブルミーニング)」「和式便器からはみ出したうんち」「うんち味のカレー」などと読者からは大変好評だ。タイトルの通り、このブログはうんち即ち排泄行為である。思ったことを文章という形で電子の大海に排泄している。僕にとって、ブログについて褒められるのはうんちを褒められるのと同じだ。もっと僕のうんちを褒めてほしい。

 

本題に戻って、文章を書く話だ。「宝くじで3億円当てたい」と同じくらい言われていることだと思うが、「文章にはその人の考え方や教養といったものが滲み出る」話について。「やっぱ文章には書く人の性格が出るよねー」的な話ではなくむしろその逆。「頭の悪そうな文章を書くと頭の悪い奴だと思われるから頭の良さそうな文章を書こう」と意識しているという告白だ。文章全体の構成、内容と表現、同じ言葉の繰り返し、誤字脱字(見直してもよくある)、そういったことが気になって仕方ない。自意識過剰みたいで正直恥ずかしいのだが、人に自分のうんちを見せるというのはこういうことではないだろうか。誰だって自分をよく見せたいし悪いところは見せたくない。ましてや書いた人の性格が現れると言われるものなんて必死に取り繕わないと見せられたものじゃない。他の人がどう思ってるかは知らないけど僕はそう思いながらこうしてうんちをしてる。綺麗なバナナうんちだけをお届けしたい。

 

そんなことを書いた上で1つ言いたいのは「人のうんちを笑うな」ということである。僕には僕の、貴方には貴方のうんちがある。僕のうんちは僕だけのもので、貴方のうんちは貴方だけのものだ。どうか自分だけのうんちを大切にしてほしい。以上、本日のうんちでした。

 

 

うんち(9/4)

寝られないのでぶりぶりと書いていこうと思う。ついに日記ですらなくなってしまったが気にしてはいけない。遅くとも7時には起きなくてはならないが現在の時刻は午前4時。おしめえだ。

 

さて、今日のことを書くならば台風のことを書かねばならないだろう。今日はバイトが16時からの予定だったが台風直撃の予報が15時で、何やら平成最大級の台風とかなんとか言われていたのもあって完全に休む気でいた。15時半頃に外が大荒れだったらいいなーという感じだった。13時過ぎに目覚めると今日は早く閉めるから休んでくださいと連絡が来ていた。勝った。そんなわけですることもなく部屋でぶりぶりとしていたわけであるが、果たして外は期待通りの大荒れであった。期待通りというか期待以上であった。友達にちょっかいをかけたらマジギレされた小学生みたいな顔で外の様子を眺めていた。あと停電が怖くて気が気ではなかった。幸い停電も断水も何事もなく通り過ぎていったがまだ停電している地域もあるらしく本当に運が良かったなと思う。

 

自分が体験してきた災害と呼べそうな災害を思い出してみると、2011年の東日本大震災(当時は震度5弱の地域に住んでいた)、今年の大阪地震(震度6弱だった)、そして今回の台風くらいである。地震雷火事親父なんて言葉もあるが、地震や台風といった自然災害の恐ろしさとはなんだろうか。とりあえず前提として地面が揺れようが暴風が吹こうがそれ自体では人間は死なない。地面が揺れて、建造物が崩れて、それが直撃して人が亡くなったりしているわけだ。ここで言いたいことは恐るべきものを間違えてはいけないということで、それは自然災害に限った話ではないよなぁと思う。地震を予知し、揺れを抑えることが出来ない以上は被害が大きくならないように対策を講じる他なく、闇雲に地震が来ることを恐れていても意味はないのだ。

 

そんな感じで久し振りにヤバげな台風が直撃したのでそんな感じのことを考えていたのであった。早く寝ればよかったのにと心の底から思う。昨夜は少し嫌なことがあって死ぬほど気分が落ち込んでいたりしたので本当はそのことを少し書きたかったが次のネタに取っておく。というか最近色々と思うところがあるので本当は機会さえあれば書きたいことがたくさんあったりする。とりあえず僕は元気です。おやすみなさい。

9月のうんち

暦の上では9月になった。9月と聞くともう秋だなぁという感じがするが、実際のところは秋とはなんだろうという哲学的な気分になれる天気が続いている。太陽に放火してやりたい気分だがこれ以上地球を暑くするわけにもいかないので仕方なく我慢してやっている。太陽は僕に感謝して所有権を譲渡してほしい。

 

自分が小学生だった頃のことを思い出してみると、体育の授業でプールの授業があったが、水温が低いので中止ですってことが割とあったと記憶している。今だったらプールが熱湯風呂になっているので中止ですとなりそうですらある。いっそプールの水をおでんの汁に変えてしまってはどうだろう、こんにゃくの気持ちになってみたい。なんにせよ10年でアホみたいに暑くなってしまったなぁと感じる。ついでに10年以上という年月の流れに軽く絶望し、当時はうんちの話でキャッキャしてなかったのになぁと己の精神と知性の退化に大変絶望した。

 

そういえばブログを再開(?)して1ヶ月が経った。最近は週に1回も書いていないが細々と続けていけたらと思っている。三日坊主というとあまりいい印象は受けないが、3日続けられるだけでも偉いと前向きに捉えたい。少々ポジティブが過ぎる気もするけど。どうでもいいことだけどフリーターライフはまだまだ続くのだ。そんな感じで、また今度。

日記(8/23)

随分と間が空いてしまった。理由の99割はここ1週間特に何もなかったからで、残りの1割はそもそも書く気がなかったからである。やる気を出すことは難しい。うんちを出すくらいの手軽さでやる気が出ればいいのにといつも思う。

 

さてそんな僕が今ブログを書いているのには理由がある。読者の皆様にお知らせしなければならないことがある。このことを書くかどうかうんち2本分くらい悩んだが最終的に書くことにした。苦渋の選択(魔法カードではない)であったことを理解していただけたら嬉しい。

 

さて本題のお知らせ。ローソンでおでん70円セール開催中。ローソンは神。アッラーアクバル。三食コンビニおでんを食べたい、コンビニおでんをこよなく愛する僕としてはこのことをお知らせしないわけにはいかなかった。読者の皆様もローソンへ走れ、什器を空にしろ。でも僕の分は残しておいてほしい。

 

クソスレの>>2にありがちな「以下好きなおでんの具スレ」ではないが、個人的におでんの具は大根と卵が好きだ。70円セールの恩恵をあまり受けない連中が好きだ。大根、卵、白滝、ちくわ、みたいなセットを作りがちな人種だ。70円セール中なら280円で幸せになれる。生まれてから死ぬまで幸せの在処を探していくのだろうと漠然と思っていたが、幸せはコンビニで280円払えば手に入るのだ。ありがとうローソン。ありがとうおでん。

 

以下好きなおでんの具スレ。

日記(8/17)

今日は久々の休みだった。ダブルワークの名残で7/15〜8/15は6連勤13連勤6連勤みたいな頭の悪い生活をしていたがそれも昨日で終わり、現時点で確定してるシフトについては最大で3連勤とずいぶん身体と心に優しい生活になった。とりあえずは早起きに慣れたいのと早く寝られるようにしたい。

 

さて今日は部屋の片付けをした。かつての段ボールハウスの惨状や実際に遊びに来た人は知っていると思うがあいえむハウスは年中散らかっているのだ。パソコンの前と寝床が綺麗ならいいやという思想(実際に綺麗とは言ってない)でこの部屋に暮らして4年、染み付いた生活習慣は染み付いた汚れのように簡単になんとかできるものではない。床にはアマゾンの段ボールやホコリが溜まり、机の上にはモンスターエナジーの空き缶、ベッドの上には取り込んだ洗濯物、とそんな部屋に住んでいる。こんな部屋で平気で暮らせる人間の顔が見たくなったので鏡を見に行ったら具合が悪くなった。

 

今後の目標としては余計なものを買わない、ゴミはすぐまとめて捨てる、このあたりを意識していきたい。意識するだけでは当然変わらないが、それでも汚部屋で暮らすことに疑問を抱かないままでいるよりはいくらかマシというものだろう。

 

ところで先程も書いたように、習慣というものは簡単に変えられないもので、変えるには長い期間と大きな苦痛を必要とするものだと思う。そんなわけで今から書きたいのはTwitterの話だ。利用規約の変更があったのかTwitter社から提供される機能の問題なのかそういった事情はよく知らないが、サードパーティ製のクライアントでストリーム機能(公式アプリだと下に引っ張ってシュポッとやらないとタイムラインが更新されないが、ストリーム機能が搭載されていると自動で新しいツイートを表示してくれるアレ)が使えなくなった。これにより、今まで何もしなくても流れてたのに、わざわざ下に引っ張ってシュポッとする羽目になったのだ。下に引っ張ってシュポッ自体は大した手間ではないが、それでも以前と比べて圧倒的に煩わしさを感じる。便利であることに慣れてしまうと人間はここまでダメになってしまうのかと反省した。人間の退化をテクノロジーの進化で補っている気さえしてくる。

 

まあ別にいいのだ、自動で流れてたものを手動で動かさなきゃいけなくなったのは別にいいのだ。問題はその更新が「15分で15回」に制限されていることである。僕みたいな暇さえあればTwitterを眺めてるどころかTwitterを眺めるくらいしかすることがない暇人にとってこれはあまりにも厳しい制限だ。Twitter社の社員はTwitterを使っていないに違いない。エアプかよ開発やめろと言いたい。

 

幸か不幸か、バイト漬けの生活にいい加減慣れてきたように不便なTwitterにもやがて慣れていくことだろう。順応性バンザイ。しかし汚い部屋に順応する必要はなかった。順応性のバカ。